The Economist の記事を訳出しました。
Teaching and technology: E-ducation
原文はこちらから読めます。
教育工学(EdTech)の分野は、ソーシャルアプリ開発のノウハウを応用できる部分が大きいため、とても注目しています。
教育とテクノロジー
E-ducation
長らく停滞していた技術革命がついに進展を見せる
2013年6月29日

1913年、トーマス·エジソンは「映像で、人類の叡智すべての領域について教えることができる」と言い、教室では本はすぐに廃れるだろうと予測した。しかし実際には、映像は、教育にほとんど影響を与えなかった。最近まで、同じことがコンピュータでも言えた。1970年代以降、シリコンバレーの先見の明を持つ者たちが、自分たちの産業がオフィスと同じくらい教室を根本的に変えると主張し、それを根拠に学校へ多くのテクノロジーを売りつけてきた。子どもたちは、調査に、レポートのタイピングに、そしてカンニングに、コンピュータを使っている。しかし、教育システムの中核は、中世以来ほとんど変わっていない。つまり、「教壇に立つ賢人」たる教師が、居並ぶ学生に向かって「教え」を説く、というやり方である。トム·ブラウンやハックルベリー·フィンだったら、すぐにそれを見抜き、怖気をふるうだろう。
今になってようやく革命が進行している。その中心には、「画一的な」教育から、個人に向けた方法に移行するという考え方がある。テクノロジーは、各々の子供たちに、適応性のあるコンピュータ·プログラムによる講義や「著名人」による講義を、異なるスピードで教えることを可能にする。そして、担任教師の役割は、雄弁家からコーチへと移行する。つまり、特に助けが必要な場合に、装置が識別した子供に対して、個別の注意を向けるやり方だ。理論的には教室の役割が「変化」し、基礎的な知識が画面を通じて自宅に提供される一方、授業はその知識を定着させ、磨き上げ、テストする場になる。(今の宿題と同じ方法だが、より効果的だ。)政治家や教師がそれを受け入れさえすれば、多くの子供達へ、より低コストでより良質な教育が約束される。
なぜ今回の革命はこれまでと違うのか? その理由の大半は、いくつもの大きな変化が同時に起こっていることによる。それはつまり、高速モバイルネットワーク、安価なタブレット端末、低コストで大量のデータを処理する能力、洗練されたオンラインゲームと適応学習ソフトといったものを指す。例えば、継続的なパフォーマンス評価機能を持った新しいインタラクティブなデジタル教科書は、それを使用する生徒が何をどのように学習しているかに応じて、リアルタイムな変化が可能だ。(生徒自身がテストされていることに気づかないことだってあるだろう。)新しいデータ·マイニング·ソフトウェアは、特別な注意がない場合に、いつ生徒が読解や数学でミスするかを予測でき、手遅れになる前に、教師が介入することができる。
Yes we Khan
高等教育の方が、一歩進んでいる。立ち上げからようやく1年経ったばかりの「大規模なオンライン公開授業」を提供する草分けのひとつ、コーセラ(Coursera)は、現在、全世界で390万人以上の生徒数を誇り、83のパートナー機関によって提供される授業を使っている。大学は、テクノロジーを試すのに熱心だ。イギリスのテレビ講義形式のオープン・ユニバーシティ(Open University)は、現在、創業44年になる。しかし今回は、初等、中等教育がその後を追う。サルマン・カーン氏が、数学のビデオを作ることに集中するためにヘッジファンドの仕事を辞めてから4年後の現在、カーン・アカデミー(Khan Academy)には600万人の登録ユーザーがおり、彼らは毎日300万の問題を解答(または解答しようと)しており、そのカリキュラムは数学意外にも大きく拡大している。それはまた、アメリカの国境をも超えて広がっている。世界で最も裕福な男性のひとり、カルロス·スリム氏は、彼の母国メキシコの小学生のために開発されているカーン・アカデミーのカリキュラムのひとつに出資していると言われている。
教育工学は、これまで、他にも印象的な支持者を集めてきた。ビル·ゲイツ氏は、これを、教育における「歴史的瞬間」と呼んだ。民間資金も集まってきている。良い面だけを誇張する単なるハイテク好きとは違う、ルパート・マードック氏は、彼のデジタル教育事業、アンプリファイ(Amplify)に、今年、約18億ドルもの損失を許している。これは、アメリカだけでもすぐに440億ドルの価値になるだろうとニューズ・コーポレーションが試算している教育工学市場の覇権を握ることを期待してのことだ。ドバイを本拠地とする教育機関、ジェムズ(GEMS)は、遠隔地の子どもたちに手を差し伸ばすために、インドやガーナでテクノロジーの利用を拡大したいと考えている。
先行きが見通せない問題もある。多くの親はすでに、「ゆとり世代」を、ゲームをしてばかりいて、いつもコンピュータに向かって、文法のおかしな文章を書き込んでいると非難している。教師たちは教育工学のサービスを利用するかもしれないが、教師の労働組合は、学校がより少ない教師でやっていけることを示唆するものは何でも訝しく思うふしがあり、教育で金を儲けようとするマードック氏のニューズ・コーポレーションのような民間企業を嫌うものだ。プライバシーの心配もある。教育工学を扱う企業は、生徒の個人データの巨大な保管所となってしまう。
うまくいってはいるようだ
これらの懸念のほとんどは行き過ぎたものだ。営利企業は、長きに渡って、印刷された教科書を販売するビジネスをしてきているし、データ·プライバシー法の適用範囲を学生にまで拡大できない理由はない。しかし、大きな疑問は残る。子どもたちは果たして、より多くを学ぶことになるのだろうか? 今度は、それは、教師にかかっている。最高のテクノロジーでさえ、教師のサポートなくしてはどこにも到達しえないからだ。
教育工学の有効性は、主にアメリカで証明されている。ほとんどの場合において、教師がしっかり訓練されているとき、それは機能するようだ。教育工学を取り入れているカリフォルニア州サンノゼにあるチャーター・スクールのネットワーク、ロケットシップ(Rocketship)の低所得層の学生は、その州の最も裕福な地域に住んでいる学生の能力を上回っている。様々な試行プログラムで良い成果を出した、カーン・アカデミーの適応性のあるソフトウェア·プラットフォームは、現在、アメリカの最も裕福かつ最高の学力を誇る学区のひとつ、ロスアルトスで利用されている。
資金不足の公立校が、貧しい学生が学業に追いつくのを手助けするテクノロジーを導入するため資金繰りに苦しむ一方、豊な学校、特に私立校は、教育工学を最も熱心に取り込むので、短期的には格差が助長されることになるだろう。政府は、彼らが導入できるように投資する必要がある。いくらかの投資がされてはいる。韓国では、高速インターネットアクセスは学校では標準となっている。バラク·オバマは最近、アメリカがそれに続くことを約束した。法律は、生徒が、年齢に応じてグループ分けされるのではなく、同程度の学力の生徒と一緒に勉強できるように、改正される必要がある。しかし、多くの政治家にとって、強い力を持った教員組合との対決が、大きな試練となるだろう。
子を持つ親や納税者がそういった政治家を支えなくてはならない。教育は、テクノロジーが他の仕事にもたらした生産性の向上に、頑なまでに抗ってきた。しかし、この教育工学の波は、それを変えることを期待させる。テクノロジーは、おそらく一世紀以上の間、もう少しで教育を変革させるぎりぎりのところにあり続けてきた。今回こそは、それが実現しそうに見える。
| 2014/01/05
| The Economist, Translation
|
The Economist の記事を訳出しました。
Electricity in Japan: Power struggle
原文はこちらから読めます。
日本の電力
電力/権力闘争
福島 –チェルノブイリ以降、世界最悪の原子力災害– が、日本のエネルギーの未来に影を落とす
2013年9月21日
今週、日本で稼働する最後の原子炉が停止された。本州西岸に位置する大飯では、閉鎖は定期的なメンテナンスと安全確認のためのものだった。しかし、福島第一原発での3つのメルトダウンをきっかけに閉鎖された、大飯原発をはじめとする日本の50基の原子炉の再稼働予定日は、はっきりとは決まっていない。2011年3月の地震と津波が日本全土をひっくり返す前は、日本は、その電力の30%(世界でもっとも高い割合のひとつ)を原子力に依存していた。今では、1970年以降2度目の、完全に原子力なしの状態となっている。

昨年12月以来、官邸では、自民党が、閉鎖された原発の経済的コストについて発表している。経済産業省は、2013年末までに、非原子力の発電所を稼働させるために、余分な石油、ガス、石炭を輸入する必要があり、9兆2,000億円、余分に費用がかかることになると言う。急激な円安や原油高も向かい風となり、日本は現在、30年ぶりに貿易赤字となっている。日本の企業や消費者は、多くの国に比べてはるかに高い電力コストに直面している。
「原子力村」として日本で知られている、電力会社、官僚、学者、重工業のなれ合いのコミュニティが、原子炉を再稼働するように自民党をせき立てている。安倍晋三首相は、喜んで期待に応えようとするだろう。今年の初め、彼の政府は反原発のエネルギー政策委員会を追放した。福島の災害をきっかけに行われるようになった、原子力発電に反対する東京の街頭デモは減少していった。道は、原子炉を再稼働するために開かれているように見えた。
しかし、物事はそう簡単には運ばない。新しい、強化された原子力機関、原子力規制委員会は、原発を再稼働する前に、それが安全であると宣言しなくてはならないが、原発のいくつかは、活断層(世界の大地震の5分の1は日本で起きている)の上、または近くに位置している。また、法令により、近隣にある原発について町や村は意見を述べる機会が与えられているが、それによれば、ほとんどの日本人が恒久的な脱原発を望んでいる。挙げ句の果てに、被災地、福島での原発の混乱についてのニュースには改善の兆しが見られない。最近では、何百トンもの放射性の水が、太平洋に毎日流出していたことが発覚した。
だからこそ、安倍氏は慎重にことを進める必要がある。もしも原子力規制委員会が、日本でもっとも古く、もっともリスクの高い原発を再稼働しないと決めた場合、自民党はそれについて手出しできない。原子力規制委員会は、人員不足の上、政治的圧力の下にあるが、迅速に新たな安全規則を公布することを含め、活断層の上にある原子炉について基準を作っている。
また、首相は、簡単に大衆の反対を押さえ込むこともできないだろう。原子力発電所を抱えている地方の町は問題ではない。過去には、気前良く売り払ってもらえそうな、孤立し、経済的に恵まれない地域に発電所を設置するために、政府と電力会社は共謀していた。これらの町のいくつかは、原子炉を再稼働するように強く求めている。しかし、少し離れた場所では、反対意見が強くなる。本州北西岸に位置する新潟県の知事、泉田裕彦氏は、県民の約70%が、世界最大の原子力発電所、柏崎刈羽で原子炉を再稼働することに反対しているという。泉田氏は、 原子力規制委員会がゴーサインを出してしまえば、知事には再稼働を止める力がないと言う。しかし、影響力があり人気もある地方の政治家には、政府や電力会社の空威張りは通用しないだろう。
また、自民党は、2011年3月以前と比較して、原子力発電に批判的な多くの政治家を内包しており、経済大臣、甘利明氏のような原子力推進派の影響力に対抗している。彼らは、原子炉を再稼働すると、2016年に予定されている次の総選挙にマイナスになる可能性があると考えている。自民党の反原子力の連立パートナー、公明党もまた、いくらか政府を抑制している。一方、ビジネスが上向いていくという楽観主義が、景気回復は原子力発電に依存しているという問題の影を薄くしているように見える。原子炉が再稼働されるとしても、おそらく12〜15基がせいぜいだろうと、政府のエネルギー諮問委員会のメンバーでもある再生可能エネルギー専門家、植田和弘氏は言う。かつて日本の電力の少なくとも半分を供給することを期待していた原子力村にとって、それは大きな失望だろう。
その代わり、日本は、長期的な代替エネルギー供給のために準備を進めている。2011年以降、再生可能エネルギーのために新たに設けられた全量固定価格買取制度のおかげもあり、太陽光発電のような再生可能エネルギーを開発する独立系発電事業者の数は、3倍に増えた。水力発電を含む再生可能エネルギーは、いまや日本のエネルギーミックスの10%に及び、いつの日か、原子力発電がかつて誇ったシェアに置き換わるかもしれないという希望に導いている。
しかし、疑念は残る。電力網は、依然として大きな電力会社によって所有されており、彼らは、それをシェアしないための言い訳をいくらでも見つけてくる。それに、狭くて山の多い国で、必要なすべてのソーラーパネルや風力タービンをどこに設置しろと言うのか。東京大学のポール・スカリス氏は、風力発電に使われる土地、1平方メートルは、たった2ワットの電力しか生成しないと言う。太陽光発電の場合は、同等の面積で、20ワットが生成される。原子力発電は、1平方メートルで、約1,000ワット生成する。
したがって、これからの長い年月を、日本は、原子力の不足の大部分を補うために、石油、ガス、石炭でしのぐことになる。5月に、政府は、安価なシェールガスを輸入するための認可をアメリカから勝ち取った。それは、エネルギー輸入のコストを手軽に削減し、エネルギー安全保障についての懸念を軽減することができる。
福島の混乱の後、広範な地域に及ぶ停電が予測されなかったのは、ひとつには、化石燃料の発電所が出力を上げたことによる。2011年3月以前には、発電所の多くが最大出力以下で順調に稼働していた。しかし、もうひとつの理由は、省エネルギーの余地があったことだ。日本の自然エネルギー財団によると、東京だけでも、2011年以降、電力消費を10分の1削減した。こういった背景の下、省電力機器の需要が急増してきている。発光ダイオード(LED)が日本で販売されたすべての電球の売上に占める割合は、2009年の3%から、今日では、30%を超え、急上昇している。フィリップス エレクトロニクス ジャパン代表取締役、ダニー・リスバーグ氏は、2015年までに、白熱灯や蛍光灯の割合は以前のほぼ3分の1になるだろうと言う。
電力市場の自由化という積年の懸案は、エネルギー源の多様化と電気代の引き下げに大きく寄与するだろう。政府の計画(それは、福島での失態の取り繕いにより、最大の公益事業体、東京電力の地位が低くなったことで、通しやすくなった)は、発電と送電を分離し、住宅電力市場を新たな競争に開くことだ。改革が成功し、新しい非原子力プロバイダが顧客を獲得した時、日本のエネルギーミックスにおける原子力発電のシェアが下がることになるだろうと、東京にある富士通総研の高橋洋氏は言う。そのことは、ようやく、日本国民に、日本のエネルギーの選択について、いくらかの発言権をもたらすことになるだろう。
| 2013/09/22
| The Economist, Translation
|
The Economist の記事を訳出しました。
Japan and the 2020 Olympics: Party like it’s ’64
原文はこちらから読めます。
記事のタイトルは ‘Party like it’s ’64’。
これは、プリンスのヒット曲 ‘1999’ の歌詞 ‘So tonight I’m gonna party like it’s 1999’ のもじり。
世界が滅びると言われていた1999年にいるかのように、俺は明日のことなんか考えないでパーティーを楽しむぜ、という意味。
お先真っ暗な経済状況の下、後先のことを考えずに、オリンピックで盛り上がろうとしている日本を暗に揶揄した秀逸なタイトルです。
日本と2020年オリンピック
1964年の頃のようにパーティーしよう
東京が思いもかけない魔力を見せる
2013年9月14日
2016年のオリンピック招致が盛り上がらなかったのは当然だった。長期にわたる経済不安と財政赤字の拡大を経て、世界最大都市、東京の住民は、世界で最も金のかかるスポーツの見せ物に乗り気になれなかった。今回は、そのような問題はなかった。保守的な管理者会では、涙とハグは伝染しやすい。
2020年のオリンピック主催権利獲得のためにマドリッドとイスタンブールを打ち負かしていく過程で、東京都は、招致が都民の70%に支持されていることと、2011年3月に東北の沿岸地域を襲い、福島第一原発での原子力危機を引き起こした地震と津波以来、地域のサポートが大きく増加したことを、国際オリンピック委員会(IOC)に印象づけた。
東京のパッションに再び火を灯すのに災害を必要としたことは、奇妙なことに思えるかもしれない。しかし、東京都政は執拗にオリンピックが日本の復興の助けになるという考えを売り込んだ。終盤では、東京から230キロメートル離れた福島で変わらず続く一連の問題が、東京のオリンピック主催者たちを守勢に追い込み、最終的に、内閣総理大臣、安倍晋三が、放射能漏れは防ぐから選手たちは安全であるとIOCを安心させるために、470億円をかき集めることになった。
東京都は、1964年のオリンピックの中心施設だった国際オリンピックスタジアムを改修する一方、計画される37施設のうち、22の施設をゼロから建設しようとしている。日本政府はこれらすべてに4090億円かかり、それを3兆円のオリンピック需要で相殺できると見積もっている。しかし、巨大地震が2020年までに東京を襲うかも知れないことを考慮に入れなかったとしても(専門家たちはその可能性は高いと予測している)、その試算は荒っぽいほど楽観的に見える。
建設会社や不動産会社は、まだ気にしなくていい。1964年のオリンピックが、東京・大阪間の新幹線や首都圏の高速道路を含む、重要なインフラ整備の引き金となったのはよく知られるところだ。それより不吉なのは、累積していく財政赤字を補うために国債を発行しなくてはならない状況に日本が陥っていることだ。日本政府の負債の総額は、いまやGDPの200%を上回っているのだ。
これからの7年間に、コストの問題が大きく浮上してくるだろう。いまのうちは、総理大臣は、光輝く日本の首都を再び世界の表舞台に乗せたと胸を張って言うことができる。そして、東京という選択は、彼の成長戦略にとってカンフル剤として必要なのだろう。しかし、7年間に7回総理大臣が変わる国で、オリンピックにかかる費用が困難に直面している日本経済の最後の頼みの綱であったと判明する2020年に、非難を受けるべき安倍氏が総理大臣であることはありそうにもない。
| 2013/09/16
| The Economist, Translation
|
The Economist の記事を訳出しました。
America and Syria: To bomb, or not to bomb?
原文はこちらから読めます。
アメリカとシリア
空爆すべきか、しないべきか
大統領が行動することの正当性を訴える
2013年9月7日

イラクでの「馬鹿げた戦争」に反対したことで、バラク・オバマは、大統領当選への道が開かれ、何もせぬうちにノーベル平和賞を手に入れた。オバマ大統領は、いま、戦争で陣頭指揮をとることの孤独を学んでいる。彼は議会からの正式な支持があろうが、あるいは(彼がほのめかしているように)なかったとしても、シリアでの軍事行動へと、気乗りしないアメリカを立ち向かわせようとしている。
8月31日に、オバマ氏は、1000人以上の死者を出した神経系の化学兵器による攻撃に対する報復として、バッシャール・アサド政権への攻撃について議会の承認を求めると公表して人々を驚かせ、ワシントンで議論を沸騰させた。議会の支持が得られるかどうかは定かではなく、また、世論調査はアメリカ人がシリアへの空爆に反対していることを示しているが(表参照)、オバマ氏は、将来の化学兵器の使用を未然に防ぐために行動を起こすことが必要だと断言した。

彼は、サンクトペテルブルクで開催されるG20サミットに向かう途上、スウェーデンでの短い滞在中に、「我々は行動しなくてはならないと思う」と述べた。決然たる意思と非難がアサド氏の化学兵器使用に対する唯一の返答であるならば、「罰さない」ことは、国際的な基準を無視しても構わないというシグナルを送ることになる、と彼は言う。。
それは皮肉に満ちた一週間だった。オバマ氏は、これまで、シリアに軍事介入することについて乗り気でなく、アメリカの介入は良い結果より悪い結果をもたらしかねないと主張してきた。その彼が、反対勢力に、中東で軍事行動を起こすか、あるいは、アサド政権を罰さずにおくかという決定について責任を共有させるため、議会に赴いた。
しかし、党派を超えた合意を形成する代わりに、オバマ氏は、両党内の深い亀裂を衆目の前に曝すことになった。議会の支援を求める中で、常に抜け目ない最高指揮官たる彼は、自分が、他国の道徳問題に首を突っ込んで包括的な議論をしていることを、また、彼が事前に考えていた以上に過酷な軍事行動になることを自覚した。
彼が所属する民主党は、左派のハト派とオバマ支持派に分断されている。対する共和党は、タカ派と不干渉主義派、そして、この「社会主義」の大統領を信用しない、相当数の保守陣営に分断されている。
オバマ氏は、2012年にアサド氏に、化学兵器の使用は「超えてはならない一線」を超えることになると公に警告したことがあり、そのことについての自分自身の信用問題を気にかけているわけではないと弁解しつつも、議論を広めようと奮闘した。このような兵器に対する国際協定を可決した時点で、全世界は超えてはならない一線を引き、アメリカ議会もまた、同じ国際協定に調印した際に一線を引いたのだと、今週、彼は述べた。
しかし、この議論が、ルワンダでの大虐殺からシリアでの新たな殺戮に至るある種の犯罪行為に対して世界中の人々が一致団結して立ち向かうべきだ、という、従来とは趣を変えた主張にオバマ氏を導くことになった。彼は、ストックホルムで、アサド氏への外交的圧力はすでに試みられた、と述べ、「為さねばならない道徳的行為は、見て見ぬふりをすることではない」と言った。「私は人々に問わなくてはならない。もしもあなたが無辜の民が殺されることに憤慨しているのであれば、あなたは、それに対して何を為すのか、と。」
ワシントンを去るまでの間に、オバマ氏は、下院議長であるジョン・ベイナーを含む共和党のリーダーたちと議会の民主党議員たちから、何らかの形の介入を行うことへの公の支持を得た。彼はまた、長年にわたり議会に強い影響力を持つ親イスラエルの活動団体、AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)からの支持を取り付けた。
9月4日には、上院外交委員会が、90日間という期限付きの、シリアでの限定的な軍事行動の徴兵許可を承認した。それは、地上軍を「軍事作戦」に使うことを禁じているが、その一方で、特別軍による緊急時の対応のための例外も設けられている。上院と下院でのさらなる投票は、議会が9月9日に正式に再開された後に行われる。
しかし、人民主義の強い風潮が政局を支配するいま、党派がリーダーシップを発揮するという考え方は弱まってきている。少なくとも、投票者の怒りが、揺らいでいる議員に、反対票を投ずるもっともな口実を与えている。共和党の分裂には目を引くものがあった。ジョン・マケイン上院議員のような外交政策の強硬派は、シリアの反乱軍へのさらなる支援と、より大規模な攻撃が必要だとまくし立てた。一方、人民主義右派では、ケンタッキー州の上院議員ランド・ポールと、テキサス州のテッド・クルーズが、シリアの財宝のためにアメリカ人の血を無駄に流すのか、と競うように非難の声を上げた。ポール氏は、シリア攻撃はアメリカに何の国際的利益ももたらさない、と言う。クルーズ氏は、アメリカにとって「この戦争は何の意味もない」と言う。彼は、シリアの反乱軍がイスラム教徒で占められている恐れについて言及しつつ、アメリカの軍隊が「アルカイダの空軍」の役割を演じてはならないと、気炎を上げた。
議会の承認を得るため、オバマ氏とその陣営は、忠実なる民主党議員だけでなく、マケインのような外交的タカ派に対しても呼びかけていかなくてはならないだろう。こうしたことが、当初は浅はかだった軍事計画についての議論を、広め、深めることに、議員たちを導いた。
たった数日前には、ホワイト・ハウスの高官たちは、政権交代を促進させる手は考えずに、アサド氏が再び化学兵器を使用することを止めさせるための局地爆撃について議論していた。しかしいまや、アサド氏を制止するだけでなく、彼の化学兵器の力そのものを「減じる」ことについても議論されている。そうすることが、アサド政権をより大局的に弱体化させることつながるのではないか、と、9月3日に上院議員たちが、アメリカ統合参謀本部議長マーティン・デンプシー陸軍大将に尋ねた。彼は、それが「追加の恩恵」となり、アサド政権を協議の場に参加させることができるかもしれない、と回答した。オバマ氏の限定的な気乗りしない治安活動には、議会がその承認を与えるか保留するか以前に、別の論点から結論がもたらされるだろう。
| 2013/09/15
| The Economist, Translation
|
The Economist の記事を訳出しました。
Surveillance: Should the government know less than Google?
原文はこちらから読めます。
監視
グーグルは政府に情報を提供すべきか
2013年6月11日

まず最初に、もっとも議論が沸騰している問題を片付けておこう。エドワード・スノーデン(訳注:米政府の個人情報収集を暴露した人物)は、国家安全保障局がどれだけ電気通信を監視していたかを暴露するために告発をした。そしてアメリカの人々は、テロ攻撃を未然に防ぐためにこの程度の監視を認めるべきどうか議論できるようになった。以前は、政府が、国家安全保障局が何をしているのか、大ざっぱな概要さえも公表したがらなかったため、私たちは議論することさえできなかった。国家安全保障局が何をどこまで監視しているのかいま以上に知ることは、テロリストたちに彼らのコミュニケーションを隠蔽するためのより巧妙な予防措置をとらせてしまう、若干のリスクがあるかもしれない。しかしそのリスクは、どうにか対処できそうだし、この問題に対して、アメリカ人、そして他の国々の人々が、政府が私たちのオンライン上の行動を監視することをどこまで許容できると考えているのか、ついに率直な議論ができることに比べれば、とるに足らない。
それでは、政府はどの程度までアクセス権限を持っているべきなのか。ここで、考えるべきことがいくつかある。
1)グーグルのサーバは、そのサービス開始当初から、ユーザに対して適切な広告を提供するためとスパムをブロックするために、Gmailユーザのメールの中身をチェックしてきた。マイクロソフト、ヤフー、そして、他のすべてのメジャーな検索エンジンとメールサービスを提供する企業は、多かれ少なかれ同様のことをやっている。いまこの時代において、あなたがYouTubeでバーベキューの調理法についてのビデオを見て、友達にハンバーガー料理に招待するメールを書いたのであれば、あなたは、ブラウザに突然表示されたポータブル・ガス・グリル「ファイアー・マジック・オーロラ 660s」の広告を見て驚いてはいけない。グーグルは、あなたがインターネット上で何を見て、何を書いているのかを知っている。そして、あなたのような顧客を探している民間企業へ、喜んでこの情報を売り飛ばす。※
2)YouTubeでバーベキューの調理法についてのビデオではなく、パキスタンでの処刑の映像、それには馬に乗ってカリフの地位復興へと向かう、黒い旗をはためかせる騎手たちのロマンティックな映像がついている、を見ていたと想像してみて欲しい。そして、あなたが、小包を組み立てるための素材は大体そろえたが手頃な圧力鍋が見つからないと、あなたの兄弟にメールを書いたとしよう。グーグルが、閲覧履歴とメールの内容に基づき、手頃な圧力鍋の広告をあなたに送るようにウィリアムズ・ソノマ(訳注:調理器具メーカー)と契約を結ぶことは、容認されている。(このことは、いまでは、地球上すべての産業の基盤となっているため、これを容認しないと決定することは、重大な経済的結果をもたらすだろう。)
3)そしてようやく鍵となる問題に辿り着く。グーグルが、あなたのメールを検索して得た情報を、ウィリアムズ・ソノマに広告サービスを売り込むために使うのは許容範囲内だったとして、政府が圧力鍋と処刑映像の組み合わせを求めている時、それを政府に伝えるのはいけないことなのだろうか?
4)これは簡単に答えの出る問いではない。民間団体にとって合法的なことの多くも、政府にとってはそうではないことがる。これもそのうちのひとつかもしれない。あるいは、私たちは、グーグルがユーザの情報に基づいてネット広告の契約を結ぶことは容認するが、ユーザの同意なしに、情報を私企業などの民間団体や政府に渡すことは容認しないと決断しても良いかもしれない。その場合、政府はグーグルに、検索されることに同意したユーザの情報だけを求めることができるようになるだろう。一方で、技術的な応急処置が、ユーザに同意を求めるこの種の義務を取るに足らないものにする可能性もある。同意を求めることでユーザの匿名性を守ろうとしても、概ねうまくいかないものだ。人々は、普通、どこかのタイミングで、最後に「はい」をクリックする。それは、どれだけプライバシーが保証されていたとしても、純粋に、論理的にも機能的にも、不適切である。例えは、欧州連合による、Webサイトはクッキーを受け入れる際はっきりとユーザに同意を求めなくてはならない、という要求は、ヨーロッパ人の貴重な時間を無意味なポップアップをクリックさせるのに費やさせることでようやく成し遂げられるバカバカしいまでの時間の浪費に過ぎない。
ここに根本的な問題がある。オンライン上の世界では、本質的に、私たちがするすべてのことは、私たちにサービスを提供している企業によって、常に記録され、検索されているということである。そういった企業が商用目的で情報を使用することを禁じるべきかどうか、私たちが問題にした時代もあったが、それはもはや過去のことだ。現在、私たちが問いかけている問題は、国の安全政策のために政府がプライベートな検索アーカイブにアクセスすることが許されるべきかどうか、ということだ。政府が私たちをスパイしている訳ではない。グーグルが私たちをスパイしており、政府がグーグルに一定の成果を求めているのだ。
私たちはここで何を恐れるべきか、論理的に考える必要がある。問題は、オンライン上のプライバシーを、政府から守るための法体系がないということではなく、むしろ、誰からであっても守るための法体系がまったく存在しないことにある。企業からプライバシーを守るために有効な領域をオンライン上に確保する法や規制がないのであれば、政府からオンライン上のプライバシーを確保しようとする試みは非合理なものになるだろう。
※ 注:グーグルは情報自体を民間団体に渡してはいない。グーグルは、ユーザの行動や嗜好についての情報に基づき、目的に合わせた広告表示やその他のサービスを、民間団体に売っている。グーグルのプライバシーポリシーは、こちら。
| 2013/06/29
| The Economist, Translation
|