Thesis

『十二夜』の「音楽」

『十二夜』の「音楽」
〜恋の三重奏〜

米田 拓男

 『十二夜』はOrsinoの意味深長な台詞で幕を開ける。

If music be the food of love, play on,
Give me excess of it, that, surfeiting,
The appetite may sicken and so die.
(1.1.1-3)(下線筆者)

音楽が恋を育む食べ物なら、続けてくれ。
嫌というほど聴かせてくれ。そうすれば飽きがきて
食欲は衰え、やがて死に絶えるだろう。

 この台詞は何を意味しているのだろうか。音楽が、恋の食べ物であるとはどういう事なのだろう。『十二夜』には音楽を奏でたり、歌を歌ったりする場面がたくさん出てくる。これだけ音楽が出てくるからには、シェイクスピアは音楽に何か特別な意味や効果を持たせようとしているはずだ。

 そこで僕はコンコーダンスで ‘music’ を引いてみた。すると ‘music’という単語は、『十二夜』全編の中で計6回出てくる事がわかった。ここでその6つを挙げてみる。

1.   ORSINOの (1.1.1-3) の台詞。上に記載。

2.   Thou shalt present me as an eunuch to him;
It may be worth thy pains, for I can sing
And speak to him in many sorts of music,
That will allow me very worth his service.          (1.2.56-59)

私をお小姓として推薦して。
お骨折りは無駄にしません。だって私、歌が歌えるし、
楽器もいろいろ弾いてお聴かせできるし、
おそばに仕えるには打ってつけでしょう。

3.     Duke.   Give me some music. Now, good morrow,
friends.
Now, good Cesario, but that piece of song,
That old and antique song we heard last night; ‘
Methought it did relieve my passion much,
More than light airs and recollected terms
Of these most brisk and giddy-paced times.
Come, but one verse.                            
(2.4.1-7)

 公爵 何か音楽を。やあ、おはよう、諸君。
そうだ、シザーリオ、あの歌がいい、
ゆうべ聴いただろう、昔の古風な歌だ。
おかげで胸の苦しみがすっかりやわらいだ。
せかせかと目まぐるしい今の世の中、
それに合わせたわざとらしい歌詞の、軽い曲よりずっといい。
さあ、せめて一節。

4.     Viola.  Save thee, friend, and thy music! Dost thou live
by thy tabor ?                                  (3.1.1-2)

 ヴァイオラ やあ、ご機嫌よう、君の音楽もご機嫌だね! 君はその小太鼓のお蔭で暮らしてるんだ。

5.     Olivia.     O, by your leave, I pray you:
I bade you never speak again of him;
But, would you undertake another suit,
I had rather hear you to solicit that
Than music from the spheres.                    
(3.1.105-109)

 オリヴィア ああ、悪いけど、お願い!
公爵のことは二度と口にしないで。
でも、それとは別の願い事がおありなら
喜んでうかがうわ、天の星々が奏でる音楽
を聴くより嬉しい。

6.     Olivia.  If it be aught to the old tune, my lord,
It is as fat and fulsome to mine ear
As howling after music.                          
(5.1.104-106)

 オリヴィア ご用向きがいつもと同じ調べでしたら、
私の耳にはうとましくうるさいものでしかありません、
音楽のあとの犬の遠吠えのよう。

 これらを見てみると、この6つの台詞は、1.と3.がOrsino、2.と4.がViola、5.と6.がOliviaのものである事が分かる。『十二夜』に描かれる主要人物たち、片思いの円環をなす3人がそれぞれ2回づつ ‘music’ という言葉を使っている、というのが面白い。

 それぞれの人物における ‘music’ という言葉の使われ方を見てみると、Orsinoの場合は、2回とも音楽を聞かせてくれと求めるかけ声として用いられている。Oliviaは、音楽を別のものとの比較対象として用いている。5.では音楽を聞くよりViolaの望みを聞く方が嬉しいと言い、6.では公爵の求愛が音楽の後のうなり声のようにうんざりするものだと言っている。Violaは2.では自分の音楽の才能について言及し、4.では道化の音楽の才能を祝福している。

 ここから、3人それぞれの音楽の捉え方が分かってくる。Orsino は音楽と食べ物の比喩に見られるように、音楽に対してロマンティックな思い入れを持っている。それに対してOliviaは音楽を心地よいものであるとは思いながらも、他の物と比較する冷静さを持っており、醒めた見方をしている。Violaは、上記2人が音楽の受け手(リスナー)であるのと異なり、実際に歌も歌い、楽器も弾くプレイヤーである。Violaが自分とFesteの音楽的才能について言及しているのは、それを反映しているのではないか。

 この3者3様の音楽観は、3人の恋愛観にも結びついているように思う。Orsino は音楽に対してと同じように、恋愛に対してもロマンティックな捉え方をしていて、Oliviaは恋愛も音楽同様、現実的な醒めた見方をしている。 Violaは、自分の屋敷で相手の出方を伺っているOrsinoとOliviaという2人の恋の聞き手の間を、伝令役として行ったり来たりと駆け回る。

 そして物語は最終局面を迎える。そこでは3人の片思いの環は解かれ、3組みのカップルが誕生する。そこでのOrsino とOliviaの心変わりはあまりに唐突な印象を受けるが、2人の音楽観、恋愛観を鑑みれば多少の納得は行く。音楽に酔っている自分に酔うタイプの Orsinoは、自己陶酔的なロマンティックな幻想を打ち壊され、あっさりとViolaに心変わりをする。計算高い冷静な目を持つOliviaは、相手が Cesarioでないと分かっても、相手の容姿と出自に不足がない事を見極めてか、すんなりと受け入れてしまう。そして、Violaだけが自分の望みを叶えるのだ。

 物語は最後、冒頭のOrsinoの台詞に答える形で、Festeの歌う歌で終わる。その歌では、ありふれた人の一生が歌われている。私達はきっとこの歌のように、くり返される風と雨の中を、Sir TobyやFesteたちが歌を歌い浮かれ騒ぐように、年をとり一生を終えるのだ。恐らく、死ぬまで飽きることなく音楽を食べ続けながら、Orsinoのように恋の夢を見て生き続けるのだ。

参考文献

ウィリアム・シェイクスピア 『十二夜』 訳者 松岡 和子 東京: 筑摩書房 1998.

ウィリアム・シェイクスピア 『十二夜』 編者 安西 徹雄 東京: 大修館書店 1987.

Shakespeare Concordance.

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