イギリスとEU/Brexitの本当の危険性

The Economist の記事を訳出しました。
Britain and the European Union: The real danger of Brexit
原文はこちらから読めます。


イギリスとEU
Brexitの本当の危険性
EU離脱はイギリスを傷つけ、西側諸国に大きな打撃を与えるだろう

2016年2月27日

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ついに戦いの火ぶたが切って落とされる。デイヴィッド・キャメロンは、6月23日にイギリスのEU離脱の是非を問う国民投票の実施を呼びかけ、残留を強く求めて運動することを約束した。分裂した保守党を結束させるための策略として始まったものが、驚くほどの接戦となりつつある。賭博市場はイギリス人が離脱する方に2対1でオッズをつけている。ある世論調査は、有権者が均等に分割されていることを示している。何人かの閣僚はイギリスのEU離脱(Brexit)のために運動を展開している。いまから4ヶ月のうちに、イギリスがヨーロッパ大陸から切り離される本当の機会が訪れる。

それは、イギリスにとってというだけにとどまらない、大きなニュースだ。離脱への一票は、短期的には確実に、そしておそらく長期的にも、イギリスの経済にダメージを与えることになるだろう。(金融市場はそのような見通しへの警戒から、今週、ポンドは対ドルで、2009年以来で最低のレベルにまで下落した。)それは、テロリストや国外勢力の脅威がこの数年で最も深刻であるいま、イギリスの安全を危険にさらすことになる。そして、イギリス人は、主権を取り戻すどころか、外部からより内部からの方がその動向に影響を与えることができるはずの強力なクラブの会員ではなくなり、影響力を手放すことになる。この提案された自傷行為を不思議に思っているイギリス国外の人びとは、自分たちのことも心配する必要がある。EU離脱(Brexit)は、すでに崖っぷちにある大陸、ヨーロッパに大きな打撃を与えるだろう。それは、世界第5位の経済大国をその最大の市場から切り離し、5番目に大きい防衛浪費大国をその同盟諸国から分離することになる。より貧しく、より安全性も低い、分裂した新しいEUは、より弱体化したものになる。アメリカとヨーロッパの均衡する力に依存する西側諸国も、同様に弱体化するだろう。

夢よ、現実と向き合いたまえ

EU離脱(Brexit)支持者は、イギリスはヨーロッパに足を引っ張られていると主張する。すなわち、かせを外されれば、イギリスは開放経済として飛翔することができ、EUを含めた世界中すべてと、取引を続けることができるはずであると。それは理論的には可能だが、本紙のブリーフィングで述べているように、実際にはそうはならない。少なくとも、EUは、EU懐疑派が放棄しようとやっきになっている規則を遵守する見返りとしてのみ、その単一市場への全面的なアクセスを認めるだろう。ノルウェーとスイス(そのEU間の協定を、多くのEU離脱支持者が賞賛している)が判断基準である場合、EUはまた、市場への自由なアクセスを許可する前に、人々の自由な移動とEU予算への多額の支払いを要求するだろう。

さらに悪いことに、EUには、他の国がEUから離脱することを阻止するために過酷な示談金を求める強い動機がある。ヨーロッパがイギリスをその逆より必要としているというEU離脱(Brexit)支持陣営の主張には現実味がない。EUはイギリスの輸出先のほぼ半分を占めるのに対し、イギリスはEUの輸出先の10%未満を占めるにすぎない。そして、英国の貿易赤字は主にドイツとスペインに対してであり、新たに貿易協定を結ばなければならない他の25ヵ国に対してではない。

官僚や裁判官が銀行員の賞与から労働時間の制限にいたるあらゆることに口を出すヨーロッパから主権を取り戻せるのであれば、これらの苦難は、EU懐疑派の一部にとっては価値があるだろう。しかし、その獲得できるもののいくらかは幻想だろう。グローバル化した世界では、権力は必然的に蓄えられ取引される。イギリスは北大西洋条約機構(NATO)や国際通貨基金(IMF)、その他多くの権力を共有し規則を設ける機関に所属することで得られる影響力と引き換えに、主権を放棄することになる。より大きな利益と引き換えに、貿易や原子力発電、環境に関する条約へ調印し、国外の人びとと共同で設定した規制に従うことになる。EUの外に置かれたイギリスは傍観者のようになるだろう。概念的には独立するが、実際には、イギリスが策定に何の役割も担っていない規則に縛られたままになる。それは、より純粋ではあるが、むしろより無力な類の主権だ。

唯一の例外は、多くのEU懐疑派が最もコントロールしたいと望む領域、移民だ。イギリスの移民の半分はEUから来ているが、政府は、彼らを止めるためにほとんど何の手も打てていない。イギリスがEUを離脱すれば、それができる。しかし、そうするには二重のコストがかかるだろう。EUからの移民を止める権利を得ることは、ほぼ確実に、単一市場への全面的なアクセスを失うことを意味する。そして、移民の数を減らすことは、フランスの銀行家やブルガリアの建築業者、イタリアの医師に依存しているイギリスのビジネスや公共サービスにダメージを与えることになる。

世界的な関心

長期的なコストは、経済を超えて波及するだろう。EU離脱(Brexit)が連合王国自体を解体してしまったとしてもおかしくはない。イングランドよりもユーロを愛するスコットランドは、再び独立に向けて動揺するだろう。イギリスがヨーロッパから離脱することを決定した場合、スコットランドの主張はついに筋が通る。EU離脱(Brexit)はまた、北アイルランド(その20年にわたる和平交渉はアイルランドとイギリスの両国がEUのメンバーであるという事実に依拠してきた)を、危険なほど不安定にする可能性がある。アイルランド政府は、イギリス国外で最も遠慮なくものを言うイギリスのEU残留キャンペーンを支持する存在のひとつだ。

アイルランドが影響をこうむる唯一の国ではない。ヨーロッパの指導者たちは、EU離脱(Brexit)が、すでに移民やユーロ危機など深い問題を抱えるクラブを、さらに弱体化させるであろうことに気づいている。そして、ヨーロッパはイギリスの影響力がなくなることでより貧しくなる。つまり、よりドイツの支配が強くなる。そして、確実に、リベラルな人びとが減り、保護貿易主義者と内向きな人びとが増えるだろう。ヨーロッパのアメリカへの繋がりはより希薄になる。なかでも、その最大の軍事力と、最も重要な外交政策の実行力の損失は、世界でのEUの存在を著しく弱めることになるだろう。

イラン核合意やイスラム教徒のテロの脅威、ロシアに対する制裁のいずれにとっても、EUは、西側諸国の外交・安全保障政策上、ますます重要な存在となっている。イギリスなしでは、EUがグローバルな課題に対応するのはより困難になるだろう。ロシアからシリアを抜けて北アフリカへと至る問題を抱えた周辺地域に囲まれた西側諸国にとっての大きな損失だ。EU離脱(Brexit)にロシアのプーチンが注目しており、アメリカのバラク・オバマが注目していないのは不思議ではない。EU懐疑派がこれに無関心であるというのは浅はかである。その地理が政治とは異なり動かしがたいものである以上、弱体化したヨーロッパがイギリスにとって良いものとならないのは明白だ。

このように、多くのことが現在進行している際どい票争いにかかっている。本紙同様、自由貿易や移動の自由を信じる人びとにとっては、EU残留で得られるイギリスのメリットは疑いようがない。何よりEUに懐疑的な人びとがいま認識しなければならないことは、EU離脱(Brexit)はヨーロッパと西側諸国をも弱体化させるだろうということだ。キャメロン氏の大いなるギャンブルの賭け金は高い。彼が失敗した場合、その損失は広範囲で感じられることになるだろう。

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