ワシントンはどうしちゃったの?

今週号のThe Economistから記事を訳出しました。

バラク・オバマ批判の記事。

80兆円近い金をつぎ込むというアメリカの金融救済策が簡単に議会を通過して、健康保険法案がなかなか通過しないというのは、単に強者に有利な法案は簡単に議会を通過するが、弱者を救済する法案は廃案となる、という強者優先の論理で議会が動いているから、ということになるまいか。

原文はこちらから読めます。


The Economist Feb 18th 2010
Politics in America
What’s gone wrong in Washington?

アメリカの政界
ワシントンはどうしちゃったの?

アメリカの政局は、いつになく行き詰まっているように見える
システムよりもバラク・オバマを非難せよ

 あと一歩でバラク・オバマの副大統領になれたインディアナ州出身の上院議員、エヴァン・バイは、今週、成果を上げることのできない上院の無能さを非難して、上院から退く意向を示した。皮肉屋たちは、バイ氏は、(世論調査では優勢なものの)11月の選挙に敗北することを気にかけてもいるのだろうと考えている。しかし、アメリカの民主主義は崩壊していて、自国の問題を修復することも出来ず、無益な党派争いに終始している、という彼の主張は、近頃、多くの支持を集めた。

 確かに、システムは機能していないように見える。民主党議員の大統領がホワイト・ハウスにいて、民主党議員が下院と上院を支配しているにも拘わらず、オバマ氏は、何十年にもわたり民主党の目標となっている健康保険改革を断行できないでいる。彼が提唱した炭素排出量削減のためのキャップ・アンド・トレード法案は、下院は通過したものの、上院では勢いを失っている。現在も、雇用創出のためのひとつの法案が、同様に上院で行き詰まっている。上手くいかないのは、政権を握っている政党に問題があるから、というだけではない。ワシントンは、アメリカのもっと深刻な問題を修復できないかも知れない。民主党議員と共和党議員は、環境問題と健康保険について意見の一致を見せることはないだろう。しかし、ベビー・ブーム世代が退職を控える今、財政赤字がすでにGDPの10パーセントに達しているという現状をアメリカがやり過ごせるとは、誰も思っていない。それにも拘わらず、党派を超えた赤字削減委員会を作ろうという試みが、最近、またしても頓挫した。

 批評家に言わせれば、このような機能不全は、(議院に100人以上いるうちの)たった41人の上院議員が、ひとつの法案の通過を妨げ、廃案にできてしまう時に起こることだ。ワイオミング州(人口、50万人)のような州が、カリフォルニア州(3700万人)と同等の影響力を上院で持ち、そのため、人口の11パーセントにも満たない人々を代表する上院議員たちが法案の成立を妨げることができてしまう時に起こることだ。ゲリマンダー(勝手な選挙区改変)のせいで、多くの連邦議会の議席が自由競争の原理に則った選挙に曝されていない時に起こることだ。忌々しいブロガーやラジオのトーク番組の司会者たちが、二党が歩み寄りをほのめかすだけで攻撃する時に起こることだ。ロビイングに使われる金の流れがすべてを腐敗させる時に起こることだ。そして、この機能不全は、アメリカから遠く海を越えて問題となっている。2、3年前は、北京の独裁的な統治システムが優れていると大胆にも言ってのけるのは中国の官僚だけだった。今日では、新興国からやってきたリーダーから、有力なアメリカの実業家に至るまで、物事を迅速に決定できる中国のシステムを密かに賞賛する者は後を絶たない。

lincoln

もういいよ、リンカーン

 わたしたちは中国のようなやり方に賛成する訳にはいかない。ワシントンには欠点があるが、そのいくつかは、簡単に修復できるはずだ。しかし、最近の激しい抗議の声の多くは、アメリカ政府の目的を見落としている。そして、そのことが、今の政治家たち(特にオバマ氏)を責任から逃れさせているのだ。

 そもそも批評家というものは自説を強調するものだ。何も議会を通過しない、という言い方は、単純に事実にそぐわない。現在の財政危機を見よ。アメリカ金融救済のためのファンドを設ける壮大なTARP(不良資産救済プログラム)法案は、ジョージ・ブッシュの任期の最後に登場したにも拘わらず、議会を通過した。そして、2年間で7870億ドル(78兆7000億円)をつぎ込むというその経済刺激策に関する法案は、オバマ氏が就任してひと月足らずのうちに成立した。民主党議員たちはまた、それよりはいくぶん小規模な、環境テクノロジーへの投資に関する法案から、女性が性差別を訴えるのを容易にする法案に至る、数々の法案を通過させた。

 より重要な批判として、アメリカ政府は、(恐慌回避のような)深刻な問題を解決するのは得意だが、(福祉や社会保障の責務のような)恒久的な問題に立ち向かうのは得意ではない、という議論がある。しかし、これですら、言い過ぎにあたるかも知れない。ブッシュ氏は年金改革には失敗したが、その世代において最大といえる学校改革、「落ちこぼれゼロ」を押し通した。ビル・クリントンは福祉を改革した。つまり、いつも上手くいくとは限らないが、システムは機能しうる、ということだ。(これはアメリカに限った話ではない。例えば中国は、発電所に認可を与えるその迅速さにも拘わらず、最近、健康保険ではつまずいた。)何よりも気がかりな予算について言えば、システムは、危機に直面するまで人々の行動を駆り立てることはないのかも知れない。しかし、アメリカ国民はかつて、巨額の赤字を解消したことだってあるのだ。

 アメリカの政治構造は、国家レベルの立法を、容易にするのではなく、むしろ困難にするように設計されている。その創設者たちは、アメリカほどの規模の国は、ひとつの国家としてではなく、地域ごとに統治されるのが最善であると信じていた。この考え方に当てはまるように、いくつかの州は、健康保険改革を推し進めてきている。議事進行妨害や、審議打ち切りのための採決のような古くさい慣習のために大いに嘲笑されている上院というものは、広い支持を獲得しない限りは法案が確実に棄却される「冷却」室として、明確な意図を持って設計されたのである。

 有権者からの広い支持は、健康保険法案でもキャップ・アンド・トレード法案でも欠けていたものだ。上院で審議された法案を下院が通していれば、民主党議員は、明日にでも健康保険法案を実現することができたはずだ。オバマ氏は、執行部命令によって、たくさんの炭素排出量の制限策を通せただろう。オバマ氏が、自分が掲げる目標に共和党議員と無党派議員を説得するという暴挙に出なくてはならないほどにまで、アメリカの統治は難しい訳ではない。もしもオバマ氏が、健康保険を民主党左派の手に委ねる代わりに、党派を超えた大統領になるという自らの公約通りに、例えば損害賠償制度の改革といったものを提示することによって保守派の機嫌を取っておけば、彼は健康保険法案を通すことが出来ていたかも知れない。同様に、彼には今、原子力を譲歩することによって、環境法案を勝ち取れる見込みがある。クリントン氏が共和党と協力することの有利性を学習した後、アメリカは一層しっかりと統治されたのではなかったか。

選挙区を区画し直した者たちを、区画し直す

 そのようにして基本的なシステムは機能するのだ。しかし、二党の協力関係に問題があったからといって、改革できるはずのことを無視してきた言い訳にはならない。下院では、怒りは主にゲリマンダーに向けられている。欺瞞によって形成された共和党と民主党の「確実に獲得できる」議席が意味するのは、本当の戦いは政治家たちの間で、自らの政党からの指名を得るために戦われている、ということだ。このことは、候補者たちを極端な主張に迎合させ、二党の協力の機会を減少させる。いくつかの州にはすでに存在している独立した委員会は、問題の大部分を解消するかも知れない。しかし、上院では、議事進行妨害は、ある面、とてもお手軽であるため、非常に良く用いられている。ある法案に反対したい上院議員たちは、単純な手続きに則った投票に頼るのではなく、しっかりと反論すべきである。そうすれば、有権者は、誰が何を妨害しているのか、正確に把握することが出来るだろう。

 あれやこれやの欠点は、是正されねばならない。しかし、是正されないからといって、それらの欠点が、現在の世論を占めているシステムが崩壊しているという主張に帰結することはない。アメリカの民主主義には山もあれば谷もある。カリフォルニア州の発議権を巡る熱狂のような、アメリカの民主主義を劇的に変革する試みには、それを穏便に施行するに至るまでの複雑な過程があるのだ。オバマ氏は、上院の共和党議員の振る舞いを遺憾に思うよりはむしろ、自身の大統領としての権限の使い方にもっと意識を向けるべきなのだ。

ページトップへ